プロローグ
わたしが、大好きな時間。それは、ダンスをしているとき。
レモンイエローのバンダナをかわいくリボン巻きにして、ステージに立てば、気分はもう最高!
もっとうまく。もっときれいに。侑みたいなダンスが踊りたい!
今、このダンスが終わったら、生まれて初めて告白をする。
相手は、星野櫂俐(ほしのかいり)先輩。中一のわたしより二つ年上の中三。オトナっぽくて、おしゃれで、ダンスはもちろん超クール。小学生のころからあこがれている、わたしのスター。
櫂俐先輩は「今日のダンスがよかったら、交際を考えてもいい。」って言ってくれた。
ステージを終えたわたしは、息を切らしたまま、櫂俐先輩のところへかけ寄る。
「櫂俐先輩! わたしとつきあってください!」
おそるおそる櫂俐先輩を見上げる。
切れ長なアーモンドアイが、静かに、おだやかに、わたしを見つめる。
「律はダンスがうまいね。でも、それは律のダンスじゃない。侑のダンスだ。」
侑はわたしの双子の兄。同じくダンスをやっている。
見た目は似ていると思うけれど、ダンスが似てるっていうのは……?
「ボクはモノマネじゃなくて、君のダンスが見たい。律のダンスはなんだい? その原点になにかヒントがあるかもね。」
落ち着いた低い声でそう言うと、櫂俐先輩は夏の丘をゆく風のように、さわやかに立ち去った。
……わたしのダンスがモノマネ? しかも、告白は失敗?
……そして、交際はNG⁉
そんなぁ〜〜〜 ⁉
このできごとがきっかけで、わたし、双葉律のダンス人生は、誰も経験したことのないような、ハラハラドキドキのステップを踏むことになったのです。
1.双子の兄からSOS!(いきなり急展開です!)
小五からずっと片思いしていた、星野櫂俐先輩にフラれた帰り道。
うなだれて、とぼとぼ歩く。
夕日に照らされて、地面に長く伸びたわたしの影まで、ションボリしているみたい。
櫂俐先輩はダンスの上手な子が好き。
だから、わたしは上手できれいなダンスを踊れるようになりたくて、今まで必死にやってきた。
「わたしのダンスがなにか」なんて考えたこともなかった。
原点って、いったいどういうことなんだろう。
侑にも相談しよう。今日あったこと、ぜんぶ話したい。
わたしの双子の兄・侑は二週間前から、アメリカのロサンゼルスにいる。
ダンス命な侑は、キッズダンサー短期留学プログラムに自分で申しこみ、二百人の中からたったひとりの特別強化ダンサーに選ばれた。
わたしにとって、侑は大切な兄であると同時に、もっとも身近で尊敬するダンサーだ。
そんな侑は、小六のころからダンススクールの男子たちといっしょに、四人組のダンスユニット「アルティスタ」を結成して、アイドルみたいな活動まで始めた。
四歳のころから、お母さんのスマホで自分のダンスを撮影して、近所の人たちに見せて回っていたくらい生まれながらの目立ちたがり屋だから、そうなったのも自然な流れだけれど。
SNSでダンス動画を配信したり、ときどきは自分たちだけでダンスイベントを開催したりして忙しくしている。
そこそこ人気もあって、SNSのフォロワー数は、わたしたちが通うダンススクールのアカウントの三倍以上。
ちょっとしたアイドルみたいなもの。
あ、でも。侑の前でアルティスタのことをアイドルって言うと、「オレらはアイドルじゃなくて、ダンスを中心に幅広く活動してるパフォーマンス集団だから、いっしょにしないで。」って、すぐに訂正されるんだけどね。
侑の留学中も、わたしたちはビデオ通話で毎日のできごとを話し合っている。
侑がいなくて、ずっとさみしかったけれど、来週には留学を終えて、日本に帰ってくる予定。
早く会いたいな。会って話したいことがいっぱいあるんだからね。
午後四時。
ロスの侑はまだ起きているかな。
自分の部屋に戻るなり、まっさきにタブレットを立ち上げてビデオ通話で侑につなぐ。
「侑、お疲れさま〜‼ も〜、聞いてよ。」
「律、大変! オレ、こっちでコンテストに出ることになっちゃった!」
「ほへ????」
侑はわたしの声にも気づかないくらいのハイテンションで、いきなり話しはじめた。
「コンテストぉ⁉ ってダンスの?」
「もち! こっちで出会ったダンサーにいっしょに組んで出場しよう、って誘われちゃってさ。そいつ、クリスっていうんだけど。めちゃくちゃダンスもハートも熱いヤツで、絶対にいっしょに踊りたいから引き受けちゃった!」
「えぇ⁉ それって、アメリカの子?」
「いや、どうだったかな? カナダだったような気も?」
もー、いいかげんなんだからっ!
「ていうか、侑、英語全然しゃべれないのに、どうやって会話してるの?」
「いや。お互い言葉は通じてないけど、ダンスでコミュニケーション取れてるから全然平気。クリスの気持ちはダンス見たら、だいたいわかるし。」
ダンスで会話って、いろいろ超越しちゃってる……。
でも、侑ってこういう人。
侑にとってダンス以外の情報は、重要ではない。
性別も、年齢も、国籍も関係ない。
あるのは、ダンスがイケてるかどうか。
ただ、それだけ。
超インスピレーション&アーティスト肌で、ダンスさえあれば、十三歳でも世界中を渡り歩けちゃう。
それが、わたしの双子の兄・双葉侑という人間なのです。
「そのダンスコンテストって、いつあるの? 来週には、日本に帰ってくるんでしょ?」
「いや。コンテストが終わるまでは帰らない。留学は延長することにした。」
「うそおぉ⁉」
侑の話を整理するとこうだ。
留学プログラムに集められたキッズダンサーたちで、ロスのダンスコンテストに出場するらしい。
チームは自分たちで自由に組む。
そのうち、いちばんダンスのうまいクリスくんが、「ヘイ、侑! オレといっしょにダンスで世界を革命しよう!」(侑の翻訳なのでかなりあやしいけど)とかなんとか言って、侑を指名したらしい。
もちろん侑の答えは、イエス一択。
留学は自動的に延長されて、すでにお父さんお母さんのOKももらっているのだとか。(いつのまに!)
うちの両親は、侑のダンスへの熱意と実力を認めていて、全面的に協力するスタンス。単身留学を許すくらいだもん。今さら延長を止めるとは思えない。
「わかった。じゃあ、ダンスコンテストがんばってね。」
本当はさみしいよ。
でも、侑のそんなキラキラな笑顔見たら、さみしいなんて言えない。
ましてや、今日、失恋して落ちこんでいるなんて、とても……。
「そこで、律にちょ〜っとだけ、お願いがあるんだけど〜。」
侑は急に甘え上手な子猫みたいな声を出して、あざとかわいいことこの上ない表情で、両手を顔の前で合わせた。
「お願い?」
「オレが留学延長している間、アルティスタの活動手伝ってくれないかな〜〜って?」
「手伝う? わたしが? な、なにを?」
と、言い終えてイヤな予感をビビッと察知する。
まさか……。
「オレの代わりに『アルティスタの侑』として動画に出てほしいんだ。」
予感的中!
「ちょっと待って! それは、ほかの三人だけじゃダメなの? 今までも侑が留学している間は三人だけで活動してたでしょ?」
「う〜ん。そうなんだけどさぁ……。ほら、⓼月末にサマコレがあるから。それに向けて、これから動画バンバン配信して盛り上げていかなくちゃいけない時期なんだ……。」
部屋の壁に貼ってあるカレンダーに目をやる。
⓼月三十一日の欄に、太くて大きな赤色で書きこまれた「初・サマコレ出場!」の文字。
サマー・ダンス・コレクション。通称サマコレ。
毎年夏の終わりに行われる大規模なダンスのお祭りで、全国のアマチュアダンスチームがステージ上で表現力とチームワークを競う。
優勝したチームは、プロのバックで踊るチャンスをもらえたり、テレビ番組に出演したりと、ダンサーとしての活躍場所がぐっと広がる。
アルティスタは、SNSでの活動が評判となって、サマコレの主催者から出場してみないか、と声をかけられたらしい。
「アルティはもちろん大事。だけど……クリスといっしょに踊れるなんてチャンスを、スルーなんてオレにはできないよ。サマコレまでには、帰国するから、それまでの間だけ……。」
今度は、捨てられた子犬みたいなションボリ顔。
こうなったときの侑は止められない。
わたしがいちばんよく知っている。
「それは『双子の誓い』発動ってことでいいのね?」
侑と律。
わたしたち双子には、小さいころに決めた、ふたりだけの特別な誓いがある。
それは、お互いが困ったときには、世界中のどこにいても絶対に助けるってこと。
親友とも、恋人とも違う。
生まれた瞬間から運命をともにするわたしたちには、わたしたちだけの特別な絆がある。
わたしたちは、うれしいこともつらいこともいっしょに分かち合っていく。
地球上のどこにいようともね。
「双子の誓い、発動します!」
画面の向こうの侑が、深々と頭を下げた。
やっぱり本気なんだぁ〜〜。
でも。
「身代わりなんて、無責任に引き受けるわけにはいかないから……。」
わたしはその場に、すっと立ち上がり、カメラに全身が写るようにタブレットから距離を取った。
侑から見てもわたしのダンスが侑に似ているのかどうか、確かめてみたい。
「侑。わたし踊るから見てて。」
わたしはアルティスタの動画で見たことのあるダンスを踊った。
音楽がないから、完全に頭の中のイメージだけだけど。
踊りながら気がついた。
わたしが踊っているとき、わたしの頭の中では、侑が踊ってる。
そうか。
これまでずっと、侑のダンスにあこがれて、世界でいちばん近くで侑のダンスを見てきた。
わたしの体には、自分で思っていた以上に、侑のダンスが刻まれている。
わたしのダンスの「原点」は侑なんだ。
櫂俐先輩がわたしのダンスをモノマネだと言った理由が、今、わたしの胸の中にすとんと落ちた。
わたしのは侑をお手本にしたダンスで、自分のダンスじゃないんだ。
わたしがひととおり踊り終えたころには、画面の中の侑は、目をまんまるにしてわたしを見ていた。
「どう?」
「オレのダンス……? なんで……?」
「侑にも、わたしのダンスが侑みたいに見える?」
「……うん。だってオレがダンスで大事にしてるポイント、しっかりとらえてるし。侑にも、って? 誰かにも言われたの?」
「いや。ううん、なんでもないの。世界でいちばん、侑のダンスを見てきたのは、わたしだからね。これくらい楽勝だよ。」
「ああ! これなら絶対にバレない! 最高だ、律!」
満面の笑みの侑。
わたしは、内心ちょっぴり複雑だった。
だけど、こうも考えられる。
わたしの「原点」が侑のダンスなら、そこに立ち返ることで、自分のダンスがなんなのかが、わかるかもしれない。
これはダンサーとしての直感にすぎないのだけれど。
今のわたしが踊れるダンスからしか、新しい自分のダンスは生まれない気がしている。
「侑。わたし、やってみるよ。だから、侑もコンテストがんばってね!」
こうして、侑が帰国するまでの間、わたしは侑の身代わりとして期間限定でアルティスタに加入することになった。
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